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Forever Young

もうすぐ2009年が終わりますね。
今年はなんか印象に残る年でした。

Grateful Deadにハマったのが大きかったなぁ。
この歳になって人生が変わるくらいの影響を受ける事が起こるとは思ってもいませんでした。
デッドやPHISHの周りには、中学生の頃の僕をワクワクさせたカウンターカルチャーが確かに存在し、アメリカの良心を受け継いでいたのを肌で感じられた彼らのコンサートは、
まるで70年代にタイムスリップしたような体験だった。

中学生の僕が憧れたアメリカは70年代のアメリカでした。
そして教科書は"宝島"と"POPEYE"という雑誌。
宝島にはアメリカのカウンターカルチャーと思想面について、POPEYEにはライフスタイルと物質面について学びました。
今自分がアメリカにいるのは、この2誌があったからと言っても過言ではありません。

今ならばインターネットで調べれば一瞬で、それも動画で見れてしまうような情報も、その頃は必至にアンテナを張り巡らし足を使って収集しなければなりませんでした。
今考えると錚々たるメンバーが執筆していた"宝島"で、カウンターカルチャーの思想的な部分に興味をもった中学2年生の僕は、写真とイラストでアメリカの匂いまで伝わってきそうなレイアウトの"POPEYE"の登場によって想像力にターボチャージがかかり、もうとびっきりの夢を見させられました。
そしてその夢は熱病となり、破裂寸前まで膨らんだアメリカに対する惚れと、元からあった人一倍の好奇心に駆り立てられ、遂にそれまで通っていた高校を辞めてアメリカに留学するまでになりました。だからなぜアメリカに来たの?と聞かれても今だに答える事はできません。もう後は自分の目で見る為に来るしかなかったというのが本当の所です。

そんな僕にとってはバイブルのような雑誌"POPEYE"、そして後に"Brutus", "Tarzan", "Guliber" と日本の文化に影響を与えたと言っても過言ではない雑誌を次々に創刊させた中心人物、石川次郎氏にLAで会う機会も今年はありました。

マルコポーロが東方見聞録によって、海の向こうにジパングという黄金の国があると伝えたように、石川次郎氏は”POPEYE"を通して僕のような日本の子供達に、年中青空のLAではパームツリーが生えたストリートで人々がジョギングし、スケボーに乗って坂を下り、バックパックをしょって旅をしていると伝えてくれた伝導師でした。

そう、僕にとっては導師のような存在です。
弟子が師匠に会えたといった所でしょうか。
68才とは思えぬ容姿、いまだに衰えぬ好奇心、
旅を続ける姿勢に、まだまだ楽しみはこれからだなと
教わりました。

そうだ、60才になったらヒッピーになろう。

それでは皆さん Peace!


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Forever Young
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Author:zizipie
南カリフォルニアに住んで数十年、ある日突然Grateful Deadにハマってしまった、新米デッドヘッドの日々の暮らし。

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