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U.S Blues


ボストンで黒人の男性が自分の家の鍵を忘れたので裏から入ろうとしたら、それを見ていた隣人が泥棒と勘違いして警察に通報してしまい、駆けつけた白人警官が家主を逮捕するという事件がありました

オバマ大統領も警察の行動を非難するコメントを出して事態は人種間の大きな問題になるかと思われたのですが、オバマ大統領はすぐに両者に直接電話をかけて話を聞き、なんと二人に「ホワイトハウスでビールでも飲みながら話をしないか」と提案して、昨日実際に二人はホワイトハウスを訪れました。

バイデン副大統領も参加して、ホワイトハウスの庭の丸いテーブルに4人で座って話をしている姿は、仕事帰りの4人が公園でビールを飲んでるって感じで日常の風景のようでした。つまみもピーナッツとプレッツエル、大統領と副大統領は上着を脱いで白いYシャツの袖をまくっていました。

誰の口からも謝罪の言葉は無かったそうですが、お互いの意見、考え方を聞く事ができて建設的な話ができたという事です。これはアメリカらしいですね。

”ビアサミット”と呼ぶマスコミに対して大統領は、「いや、そんなものじゃないよ。仕事が終わった夕方にビールでも飲みながらお互いの思ってる事を話すだけだよ」って感じの答えをしていました。
やはりビールの銘柄も話題になっていましたね。

もし日本で行われたらどうなるでしょうか。首相が二人に、「ケンカ両成敗だからお互い謝って、握手して、仲良くやっていこうや」って感じですかね。和を持ってよしとするでしょうか。

どちらも良いと思います。
重要な事は、当事者をよんでビールを飲みながら話し合いをするという発想ができる大統領だって事だと思います。二世議員や一般社会とは遠く離れた所にいる人にはこんな事は思いつかないですもんね。オバマ大統領は普通の感覚を持ち続けているという事ではないでしょうか。安心しました。

しかし、日本ではまずこんな事は行われないだろうし、日本の政治家は考えてもみないのではないでしょうか。

まあ、アメリカの前チンパン大統領も思い付かなかったと思いますが。


Mid+Atlantic+Inaugural+Ball+I1RJcgxIQzgl.jpg



BGM : Grateful Dead Live at The Palace 1994-07-31



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You Enjoy Myself

ガルシア亡き後、Grateful Deadは永遠に幕を閉じましたが、彼らの後に続くバンドも多く誕生しました。

その中でも一番有名なバンドはPHISHですね。

PHISHも活動を休止していたのですが、今年復活してツアーをしています。
近くに来たら行きたいなと思ってツアースケジュールをチェックしていたのですが、南カリフォルニアでのコンサートが無かったのでどうしたんだろうと思っていた矢先に
ビッグニュース。

ハロウィーンを挟んだ10月30日から11月1日までの3日間、南カリフォルニア、パームスプリング近くの毎年Coachellaという野外フェスが行われる会場で、第8回Phishフェスティバルが開催される事になりました。

ハロウィーンコンサートでは、コスチュームコンテストが行われたり、他のアーティストの名盤をアルバム丸ごと全曲演奏する事で有名です。
過去にはトーキングヘッズのRemain in LightやビートルズのWhite Albumなどをやっています。当日までは何をやるかわかりませんが、今年はデッドのLive Deadをやるのではないかという噂も流れています。

はい、私もチケットとりました。こんな機会そうそうありませんから。
しかし3日間も続く野外コンサートは初めてです。大丈夫でしょうか。
情けないけれど、さすがに会場でのキャンプは無理だろうと思い、ホテルを取る予定です。

日本からもPhishファンが多くやってくると思います。
砂漠に近い場所なので、昼間は暑く夜は寒くなるので気をつけてください。
近くには温泉もあるので、コンサートの後疲れを癒すのも良いかもしれませんね。

今年はThe Deadのコンサートにも行ったし、なんか70年代にタイムスリップしているようです。いい感じです。


phish.jpg



BGM;Live Phish Volume 13

DeadHeads for OBAMA

日本では選挙があるようですね。
ころころ総理大臣が変わるってどういう事なんでしょうかね。
誰がやっても同じって事ですかね。

アメリカは8年間、何を思ったから知能が猿並みの男に大統領をやらせて、気がついたら世界中がトンでもない事になってしまい、土俵際ギリギリの所でさすがにこれはまずいだろうと国民も気がついた所に、オバマという救世主が現れて今は皆がひとつになって頑張ろうとしている所です。

大統領選挙の時はデッドのメンバーも、"DeadHeads for Obama"という運動を立ち上げてオバマ候補を応援しました。晴れてオバマ候補が大統領に選ばれると、タキシードを着て
就任パーティーで演奏しました。もちろんプレイした曲の中にはUS Bluesもしっかりはいっていました。

グレートフルデッドは、60年代後半から70年代にかけて反体制運動が頂点に達していたあの時代にそのムーブメントの中心にいましたが、政治的な運動や発言を積極的にしたという印象はあまりありませんよね。
もしかしたら彼らは、意識的か無意識的にかはわかりませんが、アメリカ合衆国の中にいながらまったく別の社会というか共同体を作りだしていたのではないでしょうか。社会を変える為に巨大な体制に反対するのではなくて、今の社会は嫌だから、だったら自分達の好きな社会を作ってしまえとDeadHeadsと共に自分達の共和国を作ってしまったような気がします。

もし今ガルシアが生きていたら、さすがのガルシアもこれは駄目だろうと思って"DeadHeads for Obama"のような活動を果たしてして行っていただろうか。それとも「ほっとけよ。俺たちはミュージシャンだ。プレイする事でみんなを楽しませてあげようぜ」と言って、終わりの無いツアーを続けていたのかな。

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BGM:Grateful Dead Live at Oakland Coliseum Arena on 1993-2-23 with Ornette Coleman
http://www.archive.org/details/gd1993-02-23.sbd.unknown.14485.shnf

Bertha

今年は例年に比べ暑くなるのが遅い感じでしたが、こちらもだんだん暑くなってきました。暑いといっても乾燥している為、日陰に入れば涼しいし、砂漠に近い気候なので夜は温度がぐっと下がるので、夜に外出する時はTシャツ1枚では寒いので上着が必要です。しかし、夜間は外は涼しいのに家の中は日中の熱がこもっていて暑い時があります。そこで扇風機を買おうと近くのお店に行ったのですが、あまり種類がありません。その店にある中で最高級の物を買ったのですが、それでも40ドルしませんでした。家に帰って箱を開けてみると見るからにペラパラのプラスチックで出来ていて、おまけに組み立て式です。一応リモコンも付いてるのですが、なんか露天で売っているような代物です。組み立てが簡単な所がまた心配を煽るわけですが、最近のプラモデルの方がしっかりしているような気がします。完成してスイッチを入れてみると音が凄い。うるさくて寝れません。暑いのを我慢するか、うるさいのを我慢するか。とりあえずここ数日使っているのですが羽が緩んできてカタカタ音がしてきました。1週間に1回閉め直す必要がありそうです。そうしないと寝ている間に羽がどこかに飛んでいってしまいそうです。

デッドに"Bertha"という曲があります。僕がデッドにハマるきっかけとなった曲なのですが、最初これはBerthaという女の子の事を唄っているのだとばかり思って聴いていました。
しかし、これがなんとサンフランシスコのデッドのオフィスの天井でカタカタ音をさせながら回っていた扇風機の事を唄った曲だそうです。

なので、うちの扇風機もBerthaと名付けてみました。そしたら、なんかまあこれでもいいかと思うようになってきたから不思議です。DeadHeadはそんなもんです。

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BGM:Grateful Dead Rocking The Cradle:Egypt 1978

They Love Each Other

そういえば、もうすぐ日本では24時間テレビをやる頃ですよね。
小さい子が少しづつ貯めた貯金を募金する姿は、
まだまだ世の中捨てたもんじゃないなと思いますよね。
あの番組に出ている芸能人の人達は、ドラマに出たり、感動して泣いたりといい人に見えますよね。
きっと好感度があがる事でしょう。
でも、あの出演者達はギャラを貰っているって話を聞いた事あるんですが、どうなんでしょうね。
沢山寄付した芸能人が番組に出演できるという風にしたらどうなんでしょうね?
一番多くお金払った人がマラソン走れたり、ドラマで主役になれたりすればもっとお金集まるんじゃないでしょうか。

そういえば、島田紳介さんの番組で芸能人が描いた絵を一般人の人にオークションで買って貰ってカンボジアに学校を建てるっていう企画やってるのを見たのですが、オークションに参加してる人の中にはコツコツ貯めたお金で購入している人もいました。高額で売れた時紳介さん泣いてましたね。自分が司会の番組でカンボジアの恵まれない子供達の為に学校を建てる。有名人が賛同して絵を描いてくれる。紳介さんも絵を描いてくれた芸能人もとても良い人。って事ですよね。でも一番いい人はその絵を今まで一生懸命貯めてきたお金をはたいて購入してくれた人ですよね。なんか紳介さん一番得してません?って思ってしまいました。カンボジアの少年少女に絵を描いてもらって、一般人よりも稼いでいて、見栄張る事がある意味商売の芸能人が、大金でその絵を競り落とす方が沢山お金集まるような気がするのですが。

デッドは今まで一番フリーコンサートを行ってきたバンドだそうです。まだそれ程バンドが有名になる前は、朝起きて晴れてたら、気分がいいから公園で演奏しようかってノリで数時間後には機材をセットアップして演奏する事もあったそうです。

最近DVD化された"Festival Express"という、カナダをデッド、ジャニス、ザバンドなどが汽車に乗ってツアーした時のドキュメントフィルムの中で、チケット代が高いと各地の会場前でデモが起きて問題になった時、解決策としてデッドが会場向かいの公園でフリーコンサートを急遽行うシーンがあります。彼らがいかにオーディアンスと音楽を共有する事に真剣に取り組んでいたかがわかるシーンでした。

しかし、ガルシアがインタビューで、「フリーコンサートとは自由に好きな時に演奏するからフリーコンサートなんであって、有名になるとどこどこで何月何日にフリーコンサートをやってくれないかという依頼が増えてきて、そうなるとそれはもう仕事であってフリーコンサートではない」というような事を言っていました。フリーというのタダという事だけではなくて、まず前提として何者にも束縛されず自由な意思で行うという事なんですね。

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BGM:Grateful Dead Live at Kingswood Music Theater on 1984-6-21
http://www.archive.org/details/gd84-06-21.sbe.tbrame.15405.sbeok.shnf


Truckin'

私が住んでいる辺りは昔から日系人の方々も多く住んでいて、その中には仏教徒の方も多くおられお寺もあります。
先週末にそのお寺でOBON FESTIVAL、盆祭りがありました。私が行くのは今年で3年目なのですが、かなり以前から毎年行われているようです。クリスチャンの人が教会を中心にコミュニティーを築くように、仏教徒の日系人はお寺を介してもコミュニティーを築いたのでしょう。お年寄りから子供まで幅広い人が来ています。毎年ビックリするくらい多くの人が訪れます。他州の仏教会の方々も参加しているようです。毎年非日系人の方々の来場も増えているようで、白人の若い女の子が浴衣を来て参加してたりしてます。

お盆といえば、盆踊り。日系移民の方々は色々な県の出身者がいるので、色々な県の民謡が流れます。櫓も組んであって太鼓の演奏もあります。その周りを踊るのですが、踊りの輪の周りを早くから来て踊りを見る為に場所取りをした人達のビーチチェアが囲みます。皆、数ヶ月前から踊りの練習を始めて本番に備えるそうです。本当に楽しそうに、そして真剣に各地の盆踊りソング?に合わせて踊ります。体や指先のキレが鋭くほれぼれする踊り手も多くいます。そしてMCが"Let's Dance the Night away"と煽ります。もうどこの国にいるのかかわかりません。

会場には、ボランティアの方々が担当している出店もでています。白人のおばさんが"where is a triangle one?"と厚揚げをさがしながらよそってくれるおでんだったり、パンケーキの粉で作った今川焼だったり、セロリが入っている太巻きだったり、すこしアレンジが加えられていますが大人気です。

毎年必ずこのお盆祭りに来たくなるのは、このお祭りが小さい頃に日本で行った近所の盆踊りにとても近い気持ちにさせてくれるからです。小さい頃に住んでた街で、近所の人達がみんな一つになって手作りで作っていたお祭り。そんな雰囲気がこのOBON FESTIVALにはあるんです。

デッドのコンサートはこの盆踊りに近いと思いました。
デッドは櫓の上で太鼓を叩く人で、皆その周りを踊ったり、出店を冷やかしたり、旧友と再会してお話に華が咲いたり、思い思いに楽しんでいるそんな感じです。

子供の頃、お祭りがいつまでも続けばいいのにと思っていました。

デッドを追いかけて旅するDeadHeadsは、きっとそういう思いで追いかけているのではないかな。


deadheads-1.jpg




BGM:Grateful Dead Live at Oakland-Alameda County Coliseum 1989-12-27

OPERATOR

コンサート行くと入り口で持ち物検査されますよね。カメラチェックだけじゃなくて録音機材も持ち込みが禁止されている物のひとつですね。

好きな人のコンサート録音したいですよね。
デッドはそれができるんです。

録音をするDeadHeadの事はテーパー(TAPER)と呼ばれてるのですが、コンサート会場にテーパーズセクションという彼ら用のセクションもあります。

デッドはファンにできるだけ自分達の演奏する音楽を楽しんでもらいたいという事で許可しているんです。
ちゃんとルールもあって金銭がからんだ取引はだめだそうです。色々なルールもテーパーが自主的に決めていったようです。

インターネットも携帯もCDもなかった頃から、ファン同士でテープを交換したり、交換するテープを持っていない私のような新米デッドヘッドは、先輩デッドヘッドにブランクのテープを渡して録音して貰っていたんでしょうね。
コンサート会場のテーパーセクションには、先端にマイクを付けたポールがニョキニョキと林立しているそうです。
ネットがある今は、そういったテーパーによって録音された音源をあげてあるサイトがあるので毎日違うコンサートを聞く事ができます。インフォメーションとして、どのマイクで、どのコードで、どのデッキで、時にはどこらへんの席で録音したとかも記してあります。使うマイクによって感じが違ったりするそうです。やはりここでも日本の機材を圧倒的に多いです。

デッドはついに日本でライブをする事はありませんでしたが、もしやっていたらテーパーも日本にやってきて必ず秋葉原を訪れていたでしょうね。

色々なライブを聞いていると、好みのテーパーがでてき、その人が録音したコンサートを選んで聞いたりしてます。
こういった楽しみ方もできます。

音源にはAUD(Audience) とSD(Sound Board)、観客が録音したものとサウンドボードミキサーを通して録音したものがあります。 観客が録音したものは観客の歓声などがはいって臨場感がありますが、ノイズがあったりします。サンドボードはバンドや楽器の音はきれいですが、臨場感にかけます。そこで、同日のコンサートで録音されたこの二つの音源を一つに合わせてミックスしたMatrixという音源があり、最近私はその方法でネットに上げられている音源を良く聞いています。しかし、これは凄い作業だと思うのですよ。それをひとりのDeadheadが無償でやっているんです。

このサイトはコメントを書き込めるのですが、多くの人がMatrixの作業をした人に感謝を書き込んでいます。

良い物を仲間とシェアする。そしてそれを受け取った人は感謝をする。

デッドに出会えてよかったと思う瞬間です。

tapingsection.jpg



BGM:Grateful Dead Live at Jay-Alai Fronton on 1974-6-23
http://www.archive.org/details/gd1974-06-23.sbd.matrix-sb21b.chappell.83489.flac16

DEAD SET

普通ミュージシャンのツアーで演奏される曲は毎回ほぼ同じですよね。しかしデッドは違うんです。毎日違う曲をプレイするんです。ツアー中の別の日に同じ曲をプレイしてもアレンジが違ったりします。
ハードコアなDeadHeadsがツアーを追いかけて旅をする理由の一つは、毎日違う曲をプレイするという事もあるのではないでしょうか。同じ事は二度としないのならば、聞き逃せないですよね。

スティングだったかな、デッドと一緒にコンサートをやった時に日を追う毎に観客のノリが悪くなったそうで、なんでかなと思っていた時にデッドの関係者に教えられたそうです。観客はほぼ毎日同じ人だから、毎日同じ曲を同じ順番でプレイしていたら皆飽きちゃうよって。それで急遽セットの中に、カバー曲とかプレイしていない曲を入れたそうです。

ボブディランもデッドと競演した時には、これだけの観客を動員できるのに驚いたけれど、それ以上に観客がどこに行っても同じ顔ぶれだとう言う事にビックリしたそうです。

でも何処に行っても同じ顔ぶれがステージの前に陣取ってたら、他のミュージシャンにとっては怖いかもしれませんね。

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BGM:Grateful Dead Dick's Pick 31 Philadelphia Civic Center 8/4-5/74&Roosevelt Stadium, Jersey City 8/6/74

Uncle John's Band

Grateful Deadのファンの事をDead Headといいます。
複数形になるとDead Headsですね。

そのDead Headsの中にも色々なグループがあるようですが、その中でも彼らがツアーをするとその後をついて一緒に旅をする熱狂的なファンは有名です。

多分、彼らにとってはコンサート会場にいる時が人生の中心で、仕事だったり学校は二の次なのではないでしょうか。

素晴らしい人生だと思います。

だから、1995年にバンドのリーダーJerry Garciaが亡くなった時のDeadHeads の悲しみ、そしてバンドが解散を発表した時の損失感は相当なものだったと思います。

その頃私はまだ苦行の途中だったので彼らの悲しみは理解できなかったけれど、かなり大きなニュースになっていたので改めてすごいバンドだという事を知りました。

こんなファンなかなかいないよなと思っていたのですが、いやちょっと待てよと。
日本にはジャニーズのファン(ジャニオタでしたっけ?)やアイドルのおっかけがいますよね。矢沢永吉のツアーが始まったら仕事そっちのけでツアーを追っかけてる知人もいました。宝塚ファンも独特のコミュニティーを築いているという話を聞いた事があります。きっと日本のこういったファンとDeadHeadsはお互いの気持ちを解り合えるんじゃないかな。
日本にもしっかりカウンターカルチャーがありますね。


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BGM: Grateful Dead Live at Henry J. Kaiser Convention Center on 1985-02-18

DEAL

今までかなりの数の音楽を聞いてきました。その中にはロックの歴史の中で重要なバンドと言われているのに何度聞いても好きになれないバンドがいくつかあります。

Grateful Deadもその一つ。

アメリカに来た一つのきっかけはアメリカのカウンターカルチャーへの憧れで、その中心にいたこのバンドを避けて通る訳にはいかないと、中学生の頃から何度も何度も聞いてはみたのですが、何故このバンドがそんなにすごいんだろう?どこが良いんだろう?サッパリわからない。それは一種苦行のようでもありました。

それが今年の5月のある日、偶然YOUTUBEで見つけた彼らのライブを見ているとあら不思議、なんかすごく良い曲に聴こえたのです。曲のタイトルを見ると"Bertha"という曲。確かこの曲、Tower Recordが閉店する時に安かったのでついでに買ったCDの中にも入ってた事を思い出し聞いてみると、今までに何度も聞いたけれど、これっぽちも反応しなかった曲が、この幸せな気持ちは何なんだってくらいまったく別の曲のように聞こえました。

そこからは底なし沼に足を踏み入れたようにズルズル深みにハマっていき、寝ても覚めてものデッド三昧。デッド前とデッド後では人生感まで変わったかもしれません。

そんな日々をぼちぼち書いていこうかと思います。

しかしFrank Zappaは未だにわからない....


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BGM:Grateful Dead Live at Barton Hall - Cornell University on 1977-05-08
プロフィール

zizipie

Author:zizipie
南カリフォルニアに住んで数十年、ある日突然Grateful Deadにハマってしまった、新米デッドヘッドの日々の暮らし。

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